まごころ、ひとつ 第一章(4)

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第一章 いまもキライ……(4)





 十年以上も前の出来事を、ときたまリアルに思い出す。

 頭の中で、ひとり映画を観てるような感覚かな。もうすっかり、フィクションと化した昔話も。
 まぁ、わたしの中では、いつまでも色あせない臨場感たっぷりの名画とでも言っておこう、かな。

 とくに、手持ち無沙汰のとき、よくこの映画を観てしまう。

 今が、その代表的な時間かな。

 待ち人、来らず。

 西麻布にあるレストラン。
 薄暗くて本も読めないし、こんな場所で本を読んでいる人間なんていないしね。
 上品なソファにゆったりと座り、それぞれの連れと楽しそうに話を弾ませているか、バーカウンターで気取ったスタッフと話し込むか。

 通常なら、出入りするようなレストランではないから、余計にぎこちない仕草になりがち。
 でも、なんとか体裁を保ち。ちょっとアンニュイな雰囲気を意識して。
 ぼんやりと案内されたバーカウンターにひとり、頬杖つきながらビールを飲んでいた。

「お連れさまが、お見えです」

 声をかけられ入り口に目を向けると、グレー地に細いピンストライプのスーツをスッキリと着こなした、田辺純一郎(たなべ じゅんいちろう)が静かに微笑んでいた。

 微笑み返し、スツールから立ち上がった。
 頭の中の、映画のスイッチを切りながら。


 気取った白ワインのボトルと、大きなお皿にちょっとだけ品良く盛りつけられた前菜を前に。

「この店、高いんじゃないの?」
 
 声を潜めて田辺くんに尋ねた。

 テーブルにスポットが当てられた店内は、テーブル同士の絶妙な距離感といい、出てくる料理の品の良さといい、一様に洒落た装いの客といい。
 高級感が漂いすぎている。

 この店にジーンズはなかったよね。
 自分の姿をできるだけ隠したい気分になっていた。

「高いよ。知らないの? この店、ニューヨークに本店があってね。オーナーシェフは日本人なんだけど、創作和食の人気店なんだよ」

「こういうところに、よく来るの?」

 田辺くんは、ノンフレームの眼鏡の奥の目を細めて、
「初めて」
 小さな声でそう告白すると、楽しそうに笑った。

 太い眉が八の字になる。少し角張ったあごと、その眉毛が男性らしさを醸し出してはいるけど、話し方も仕草も穏やかで繊細。

「初めて? って。こんないい店じゃなくて良かったのに。いつもの居酒屋の方が、落ち着くし」

「いいんだよ、今日は。特別、なんだ」

「特別?」

 田辺くんがひとり笑顔を浮かべたとき、メインディッシュが運ばれてきた。

 初めてとは知らず、今日はご馳走するからという田辺くんに、オーダーも全て任せてあった。ニューヨーク風リブロースステーキです、と目の前に出された皿が、いったいいくらするのだろうと不安になる。

 同じ出版社に勤務する二つ年上、二十九歳の田辺くんは、はっきり言って出世頭じゃない。

 まあ、率直に言うとウダツのあがらない社員の一人……。言っちゃったよ。

 ……ごめんね、田辺くん……、でも、事実、だよね。

 編集を希望していながら、広告部へまわされ、今現在は代理店相手に営業している。
 けど、営業という職種には不向きなほど人が良いというのが問題で……。

 よく言えば、優しすぎるんだよね。
 ただ、その人柄の良さで、長年付き合いのある広告代理店からは重宝にされているらしいけど。

 つまり。温厚で、人間としてはとても信頼を置ける。
 が、稼ぎ頭ではないということ。

 給与だって、同じ年代の社員と比較しても誇れるほどのものはないんじゃないかな。

 なのに、このご馳走は、ご馳走過ぎる。

 彼女でもない、ただの友人のわたしには。


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09:18 | まごころ、ひとつ
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