まごころ、ひとつ 第一章(7)

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第一章 いまもキライ……(7)





 家の玄関の前で深呼吸をしてから、鍵穴に、キーを差し込んだ。金属音が深夜の住宅街に響く。
 重たい扉を開くと同時に、眩しいばかりの光が溢れ出した。

 ただいまと言葉を発する前に、
「ママ〜、遅〜い」
 へんてこな顔をしたネズミが描かれたパジャマを着た聖(ひじり)がリビングから飛び出てきた。

 靴を脱ぎ、框にあがった途端、腰元に抱きつかれる。8歳になる聖の顔がわたしのお腹に埋まった。

「聖。なんで起きてるの? もう十二時だよ。海心はどうしたのよ? 寝なさいって言わなかったの?」

「うるさいくらい言ってたけど、海心が先に寝ちゃったの」

「は?」

「でね。キアちゃんが帰ってきたから、おみやげもらってお話して。そしたら、今後は宗真(しゅうま)くんがお話してくれてね」

 聖にまとわりつかれながらもリビングにたどり着き、扉を開くと、

「おかえり〜。なによ、デートだったの〜? 海心、ご立腹で不貞寝しちゃったわよ〜。兄ちゃんに子供預けて自分はデートってなんだよ、って散々愚痴ってね」

 陽気な母の声が部屋いっぱいに広がった。

 ソファには、父が雄ライオンのように寝そべり、床には一番上の兄、宗真が焼酎ボトルを抱えてあぐらをかいていた。

「キアちゃんから、これ、もらったの」

 聖は、座布団の上に転がしてあった物体を手に駆け寄ってくる。
 ムキムキの肉体をそのまま象り、ブーメラン型のパンツを膨らませたフィギアを嬉しそうに見せてくれた。

「ちょっ!! お母さん! 子供に、なに買ってきてるのよ」

 母は、軽く眉を上げただけで、わたしのクレームをスルーし、聖に、もう寝なさい、と優しく言っている。

 孫に、キアちゃん、と呼ぶように、くどいほどのしつけをしている『おばあちゃん』にそう言われてしまった聖は名残惜しそうな顔をしながらも、海心が待つ自分の部屋に向かった。

 母の本名は、黒田明代(くろだ あきよ)。
 名前を反対から読ませた、ヨ・キアという名で写真家をしている。専門は、男性ヌードとときたまSM……。大きな声で言いにくい分野だよね。

 一言付け加えておくと、気が向いた仕事しかしない自称アーティストの父とは対照的に、職業写真家とでも言うべき母は、一家の稼ぎ頭。学費、生活費、全てにおいて黒田の家の生計は母の写真で賄われてきた。

 今回は、ニューヨークのブロードウェイまで、生け贄を物色に出かけていて。

「すごい掘り出し物を見つけたわよ」

 誰も尋ねていないというのに、母は嬉しそうにわたしに告げた。

「日本人の男の子でね。モデルやってくれるっていうのよ」

「ふぅん」

 宗真の前の焼酎ボトルに手を伸ばし、自分用に水割りを作った。

「ちゃんとした舞台を踏んでるコでね。すっごくきれいよ。体の線なんて、神様が作り上げた最高傑作よ。彼ね、そろそろ日本に帰りたかったんですって。で、わたしが日本でマネージャーやってあげるって言ったら、すごく喜んでね」

「はぁ? お母さん、マネージャーなんてできるの?」

「大丈夫よ、プロダクションの知り合いに頼むから」

 なんだ、自分がやるなんて、ウソばっかり。そんなウソに釣られた気の毒な男が、来週早々、日本にやってくると言った。

「で、当分、ウチで暮らすことにしたから」


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09:32 | まごころ、ひとつ
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